
★表千家北山会館 サイト
『利休四百年忌 千家二代 少庵ゆかりの茶道具展 -利休継承とその時代-』 ※12月15日(日)まで
こちらも2年ぶりの訪問。
受付と同時に迷わず解説本を購入。
なんと言っても、少庵の肖像画
千利休の肖像画(長谷川等伯筆)と同じく、少庵さんといえばコレですが、
ホンモノをめったに見られない代物ですゆえ
(以前、福島へは観に行かず、夏の茶道資料館も展示替で見逃していたので
「やっと」という感じ)
裏千家(=茶道資料館)と重なる展示はコレと ←参考
MIHO MUSEUM所蔵の少庵井戸くらい。(こちらは再見。青井戸だけど、やっぱし雨漏っぽく見える~と思った)
ほとんど被らなかったのは両千家の意地か
珍しい、というか意外に感じたというか、少庵筆の道安宛の消息「五月雨ノ文」。
まぁ、御機嫌伺いの内容なんだけど、連れ子同士の不仲な関係だと思っていただけに、
こういうフツーの交流があったんだぁ、ってね。
同じく消息「八瀬みやげ柚の事」。
八瀬の湯治から戻ったので云々~という内容だった、かなぁ。
以前、岡崎で見た消息も「お茶会へ行こうよ」という内容で
「けっこー気さくなヒトだったのかなぁ」と感じたことを思い出した。
文書関係では召し出し状。
(秀忠からの書状は展示替になっているのか、そちらは見た記憶なし)
こちらは3階展示室の(前回はなかった)不審庵を写した茶室スペースの床におごそかに掛けられていた。
新に作った空間なのか、この展示のための臨時の空間なのかは定かでないが、
それだけ表千家が少庵が世に復帰した証拠と言うべき書状を大事に考えていることがわかった。
しかし、茶室の床に掛けられているだけあり、距離がある
近くでよく拝見できないのが残念
(不審庵の間取りがよくわかったのはよかったのだが)
ワタクシ的にはこの召し出し状よりも
立礼席に置いてあった長持の方が「さすがだな」と思えた。
紀州徳川家より拝領したものだが、問題はその中身に入っていた物。
少庵が徳川家によって名誉回復された時に
利休の茶道具が返還されたという。
その道具類が入っていたのがこの長持だった
でも、なんで豊臣じゃなくて、徳川なんだろう?
私の勘違いかしらん
いずれにしろ、歴史を感じるなぁ。
道具類では、少庵好の霰巴釜(西村道也作)と霰巴釜ノ風炉(了全作)。
永楽家10代了全作の土風炉ということもあるけれど、
灰形が不思議。(欠片を寄せ集めた灰は初めて見た)
少庵所持の人形手の茶碗。枇杷色というか赤楽みたいな色。
「えらく下手くそな黒塗りだなぁ」と思ったら、少庵作の残雪棗。
漆の塗りが刷毛目の跡が残っていて、「やはり素人だなぁ」
表千家さんによる追善の史料は興味なくスルー。
地下の映像資料。
流派が違うせいか、手元の資料を見ながら話す若宗匠にあまり有り難味が感じられず、
「解説本でテープ起こしが掲載されているから、それを読もうっ」とすぐ席を立った。
少庵関連の展示は楽美術館にもあり。
その紹介はまた後日。
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★表千家北山会館バックナンバーリスト
2011年7月『即中斎宗匠ゆかりの茶道具展』→こちら
2010年10月『千家十職 楽家の茶碗-極められた赤と黒の美-』→こちら
2009年11月『千家十職 大西清右衛門家の釜と金工-茶の湯工芸の伝統と創造-』→こちら
2008年3月『細川コレクション 永青文庫 茶道具名品展』→こちら
2007年11月『元伯宗旦 残された手紙にみる生涯と茶の湯』→こちら